今回は、B’zのヴォーカル・稲葉浩志さんについて解説します。
B’z稲葉浩志は歌が上手いの?下手なの?
稲葉さんの歌が上手いか下手かについては、様々な尺度があるため一概に判断することはできません。一方で、国内外に多くの固定ファンを持ち、長年第一線で活躍し続けていることから、稲葉さんの歌が世の中で高く評価されていることは明らかでしょう。
稲葉さんの歌を上手いと言う人は、ハイトーンヴォイス、シャウト、ライブでも乱れない声の安定感、唯一無二の発声スタイルなどを高く評価しているようです。
一方で稲葉さんの歌を下手だと言う人は、語尾を裏返すような独特な声の出し方を苦手に感じる、表現力が足りない(やや一辺倒の歌い方をする)、声が薄いなどと見ているようです。
ちなみに筆者は、稲葉さんの歌は国内のプロヴォーカリストの中で何本かの指に入るほど上手いと考えています。理由は、歌い方のクレバーさ・安定感・ピッチの良さ・一定のリズム対応力・高い音域を持つハイトーンヴォイス・唯一無二の声・鋭いシャウトなどを持っているからです。これは筆者が稲葉さんに肩入れした評価というわけではなく、絶対音感などの様々な音楽受容体とも言えるものを駆使して判断した結果です。
稲葉さんの歌い方はどんなもの?
続いて稲葉さんの歌い方を分析していきます。
稲葉さんはハードロックの歌い方を実践してきた、ハイトーンを得意とするヴォーカリストです。ロバート・プラントやフレディー・マーキュリー、スティーヴン・タイラーなどに影響を受けてきたものとみられます。
また稲葉さんは、自ら明言しているわけではありませんが、ミドルヴォイス(=日本ではミックスヴォイスとも)を多分に使用して、発声を行っています。
特に稲葉さんのミドルヴォイスは、裏声の成分に地声の成分を混ぜるという要素が強いです。歌い出しの時点で「んあ」といったようなかすかな音が聞こえることが多いですが、あれは声帯周りをうまく形作って裏声に地声を混ぜて発声している音なのです。また語尾を裏返すような声も稲葉さんの代表的な特徴ですが、これは裏声に地声を入れるフォームをやめる(元に戻す)時に出る音を、表現として活用したものです。もちろん音を出さずに元に戻すこともできるのですが、おそらくオリジナリティとして昇華しているのでしょう。ちなみに先述したスティーヴン・タイラーの声にも類似の要素が含まれているものと思われます。なおほかのハイトーンを駆使するロックヴォーカリストも概ね、この裏声に地声を混ぜるミドルヴォイスを使用しています。これによって、ライブで走りながらでも安定的に発声したり、楽にロングのハイトーンを出したり、シャウトをしたりすることができるのです。
稲葉さんのリズム感は、16ビートにも対応できる器用なもので、かつまた小刻みな譜割りやラップ調フレーズも歌いこなせるものです。一方で表拍を重視したものであるように感じられ、裏のビート感が強いものや長い譜割りのバラードなどの歌いこなしを苦手とする側面もあるようです。
また全体的に、少し走る癖があります。これは自身のミドルヴォイスのスタイルなどが影響しているものと思われますが、基本的に歌の”入り”の部分では少し早く発声し出している部分がよく見られます。他方で、近年はINABA / SALASの活動などを通じてR&Bなどのテイストの楽曲を消化し、かつ加齢なども相まっていることで、”モタる”ヴォーカル表現をする場面も一部でみられるようになってきています。
稲葉さんの歌声の全盛期は?衰えた?
では稲葉さんの歌声の全盛期はいつだったのでしょうか?これも一概には言えませんが、筆者は1995年、2007年頃が、ご自身の中で最も納得して歌われていた、発声のクオリティが高い時期なのではないかと推察します。
これらの年代はCDテイクやライブ音源から、発声バランスがよく取れているように見受けられます。もちろんほかの年代も、ハスキーな声質が魅力だったり、ハイトーンが突き抜けるような発声を連発していたりするのですが、全方位的な発声バランスを総合評価で考えると、このあたりの年代が妥当なのではないでしょうか(※なお2004年に喉の水膨れのようなものに対して手術を行っているため、2007年時点で若干の違和感が残っていた可能性もあります/前年までは違和感があった旨がドキュメンタリー映像で明かされています)。
1995年頃は、それまでに磨いてきた艶やかで表現力豊かな中音域の発声と、ライブなどで身に着けたハイトーンのロック的な発声・シャウトが融合して、かなり自由度の高い歌いこなしができているように感じられます。
また2007年頃は、術後の発声バランスを調整なさっていたところでしょうが、高音域に”がなる”ような強い響きが出てきており、この時期の楽曲にはこの発声がふんだんに採り入れられています。加齢に伴う声の深みにミドルヴォイスがうまくマッチしたように感じられ、この時期は稲葉さんのヴォーカルの魅力が特に引き出されていたように思われます。
さて、現在は2020年代半ばで稲葉さんの年齢は50代後半まで来ましたが、稲葉さんの声は衰えたのでしょうか?
これに関しても、一概に成長した・衰えたなどと論ずることはできません。様々に評価することができますが、稲葉さん自身は近年のインタビューで、声の経年変化を楽しむという趣旨の発言を度々行っています。つまり言い換えると、その時々で発声の得手・不得手なポイントは変わっておりそれを自由にコントロールすることはできないが、それを価値として活かしながら歌い続けていく、というところでしょうか。
筆者の分析では、近年の稲葉さんは中音域に発声の重点を置き、裏声の成分と地声の成分をうまくミックスさせることで負担の少ない発声を実現しているように感じられます。
昔のように鋭かったり重かったりする発声は削がれた面も否めませんが、その代わり声を掠れさせたり不安定に無理やり出したりする機会は減っているようにも思われます。
唐突に野球の例えを出して恐縮ですが、元プロ野球・落合博満選手は25歳という遅咲きでプロに入り、45歳まで現役を続けました。晩年は巨人や日本ハムに所属していましたが、巨人時代は本塁打を年20本未満に留めつつも、打率3割を記録している年もあります。つまり自身の年齢など状況を見つつ、スタイルを少しずつ転換することで価値の最大化を図っていたわけです。多少乖離しており申し訳ありませんが、稲葉さんもそういった意味では直近で、打率を重視して本塁打を多少抑え気味にする(打率は安定感、本塁打は瞬間最大風速的なパワーと見立てた場合)スタイルを採用している、と言えなくもないかもしれません。
稲葉さんの声の不調、手術の経歴は?
稲葉さんは長年にわたって歌手活動を続けており、安定的なパフォーマンスを披露し続けてきましたが、その時々でコンディション不良に悩まされたこともありました。
具体的には、1991年頃の鍛えすぎた背中の張りによる声の不調などもありますが、やはり2003年の後半に発症した声帯の水ぶくれによる声の不調や、2018年のツアー『B’z LIVE-GYM Pleasure 2018 -HINOTORI-』中に発症した喘息(子どもの頃から持っていたもの)による声の不調、2022年のツアー『B’z LIVE-GYM 2022 -Highway X-』の8月上旬から中旬、新型コロナウイルスに感染したことによる横浜公演などでの不調が挙げられるでしょう。一方で稲葉さんは現在、特に問題なくパフォーマンスを披露しています。コンディション不良や手術で歌手活動の休止・引退を発表したことは一度もありません。直近のインタビューの内容によると、今後は、声が出なくなるまで歌い続けるという覚悟を持っていらっしゃるようです。
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